先ずは基礎練習から

26日 金曜日
朝 TTバイクで走りに行って 色々とポジションをいじってから

二ノ瀬へ

ローラー教室の生徒さんが道路が悲惨な状況と言っていたので 二の瀬パトロールをしに行った

358TVの池田さんも誘って向かった

道路が狭くなる場所と 明日から雨なので崩落現場の小石が道路に流れないように掃除した

草刈りはとても好きな作業で
パンの仕事をしている時はアルバイト生活だったので とにかく時間がなくて 
こういった事が出来ないでいた
今は あの頃よりは稼げて 自由な時間が取れるようになったので

こういった やりたかった作業が出来る事に幸せを感じる

自分たちが走るコースぐらい 出来る範囲で掃除や整備をしていきたいと思う次第であった

暑かったが 身体がバキバキになった

18時からローラー教室

終わって バタンキューで寝た

27日 台風が来るので 朝寝坊した


娘にレフ版を作って貰った

頂いた物を綺麗に撮影する為と撮影技術を少しでも磨くために

ある無しでは うんれいの差とまでいかないけれど 蕎麦なら 後ろが木目でも構わないのではとおもった


頂いた アネッサの日焼け止めシリーズ

レンズの汚れが目立ったダメだった
ソニーの一眼用をミラーレスに取り付けるアダプターで使用したが
このレンズ 使わなくて10年ぐらい倉庫に入れっぱなしだった

10分ローラー乗って 明日に備える

28日 4時半起きで ゆっくりと準備して 二ノ瀬へ

ローラー教室の生徒さん達で 4倍で上る練習

マー君 山田君 文平君の4人で

山田君 寝坊で毎回の事

最初引いて行って 告看板 2分35秒ほどで通過し 水飲み場 13分ぐらいで
プンペイ君が遅れ気味
ゴールが21分20秒 
240W

二本目
山田君が引いて行って 文平君が 2番手で 遅れて追いついてを繰り返すので きつくなって遅れた

文平君に きつかったら付いてくるだけでもいいから
千切り合いではなく
4倍で走る 基礎体力を高める走行会だからと告げる

3本目
山田君が引いて行って 文平君が遅れていくが4倍でひた走る

マー君が 「五郎さんと走ると気が引き締まって良いです」と言ってくれたのが嬉しかった

「辛抱の先に 未来がある」と言ったが なんでこんなに辛抱しないとならないだろうかと思うほどつらくなってきて 先ほどの言葉を言った事を後悔した

20分50秒 232W

レーパンのパッドまで汗でべったり

おにぎりに塩を振り掛けて 平田へ

1000円でエントリー出来るレース

BSのエイヤが急遽エントリー

昨日渡良瀬TTTで優勝して 平田があるからと帰省した模様

アタックしていくのも良いけれど

観客から愛される選手よりも 選手から愛される選手になれよと 勝手に助言

そのエイヤの 50キロの向かい風の平坦路で6人の逃げが出来て そのまま引いて行ってくれると思いきや

次の周回は 42キロ巡航と 奴も夏バテ気味だった

もっと上げて引いて行ってくれと 他力本願な言葉を言ったが
暑さで 頭がぼーっとしてきたので レースを止めた


欲しくもねぇサインを貰った
人生において 有名人に貰ったサインは ただ一人
エイヤは2番手だったがトイレにでも飾っておこう


エイヤもハンドルのセッティング
トラック選手らしくハンドル幅が狭かった

クリート位置の事を質問したら 良いアドバイスを貰った

今年も二の瀬で勝負したいとモノ申していたが 丁重に18分を切れるまで お断り

お酒好きの和田さんに 辛口を飲みなさいと 羽島の桜道を進められた

帰りは 恩ちゃんと 優勝した森崎とで帰宅

サイクリングがてら 2件の酒蔵に立ち寄ったが お休みだった

131キロ 210TSS

 

娘と

  26日金曜日午後六時からローラー教室やります。
来てください

23日火曜日

起きれないから 酷道の原稿を書いて 身体が軽くなったのを待って走りに行った

10時過ぎはもう暑すぎて走れたものではない

1時間半サイクリングして終わり

18時からローラー教室

20時からローラー教室

銭湯行って気分

転換したが 4日でTSS800ほどの疲労が取れるのは何日掛かるのだろう

24日水曜日
脚がだる過ぎて これは掛からない
気持ちでなんとなるモノではないと悟る

いつもの半島でスタートして 15秒で これは掛かれないと思い 気を入れ替えて帰宅

天和さんが休みで 仕方がないので 自分で鍼を刺した。

昼寝して ストレッチして 原稿書き少々

娘と昼飯を作る
オムライスが食べたいらしい


炒め方を指導


ボールを傾ける事を指導


卵の焼き方を指導


出来上がり

僕が教えた事を 娘が妻に夕飯を作ってあげて 美味しいと褒められると言う事を繰り返し
勝手に作ってくれるようになっていくシステムを家庭内に作っている。

僕は家庭科だけは5だったが 調理実習の前日には母親から 調理の仕方をおしえて貰っていて
当日は 勉強が出来る同級生を差し置いて結婚したいナンバー1だった

でも それが良いのか?悪いのか?分からないけれど 料理が出来ると
段取りとかいろいろな事が出来るようになった。

娘の長期休暇は僕に取って 妻が居ないので 仲良くなれる機会が増えるので好きな時間だ

会計士さんが来て シュガーが電動が動かないというので 診断したら
電動の線だというので交換

18時からローラー教室

20時からローラー教室

終わって銭湯へ

木曜日

怠い だる過ぎる

9時までには帰宅したい

30分ぐらいしたら 身体が軽くなってきて 掛かる身体になってきたので

1周回やるぞと意気込む

13分で 電池が切れて行った

255W 

90秒走
348W
とてつもなく辛いのが気持ちよかった
これだよ これ これをまたやりたかったと思った

帰宅して60キロ

帰りにパンを買った
柔らかいパンなので 袋の下に 段ボールを敷いてもらった
これだと パンが潰れない

KAKOで働いている時に食パンを買ってくれたお客さんにしていた。

パンが潰れないようにという配慮だけど せっかく作ったパンを美味しいまま食べて欲しいという
作り手側の気持ちだ。


娘が家に居るので 一緒に昼飯を作る

サンドイッチ

鶏の胸肉をスライスして 水からゆがいて


茹で卵
マヨネーズ少々


お互いに パンにのせていく


あごが疲れた

パサパサし過ぎるのと あごが疲れて 食べ切れなかったらしい。


16時からローラー教室


18時からローラー教室


20時からローラー教室


ひとり一台だけど 顔の前に持ってきた方が 当たり前だけど効きます

旅三昧

18日木曜日
始発で東京へ行き 東北地方で チャリダーの撮影でした

森本さんと 遅い夕飯を食べて 翌日から

バイシクルクラブの酷道の旅の撮影です。

デカい蜂に刺されるハプニングがありましたが行程400キロ程でした

トンネルの中から考える

16日 火曜日
充電する日と決めていたが 雨の中なら走りたかったが 晴れていた。

3本ローラー20分

鵜沢が来店
2008年に乗鞍3位の男だが あれ以来さっぱりである
僕もさっぱりである。

鵜沢が来たことで色々と思い出してしまった。

カスが僕に集まるのは 僕がカスだからろうか・・・。
類は友を呼ぶ 友は類を呼ぶ どちらが正解か分からないけれど

成し遂げていない物が集まってくるのは僕の特権かと思うほど 僕の周りにはカスが多い

総元の僕がカスだから仕方がない。

16時からローラー教室

18時からローラー教室

20時からローラー教室

終わって銭湯へ

10分で出て来たけれど 入って良かったと思った

17日 水曜日
3時ぐらいに ゲリラ雷雨の雨音で目が覚めて
ベランダに出て降りしきる雨を  ぼ~っと眺めていたら 脚がベチョ濡れになった。

俊介のツキイチで走ろうかと思い待ち合わせの約束をしていたが また来週って事に。

お腹が空いたので ミューズリーとヨーグルトを食べて 貯めてしまっていた事務仕事をした

酷道の原稿書きも見直したり 文章を足したりする事2時間

少し寝てから 掃除のスイッチが入って色々と掃除

八丈島に移住した 宮崎が いつものように ボロボロの姿で走ってるのが想像出来たので

使っていないウェアとか サンボルトのレーパンなどを送った

宮崎は 2007年の乗鞍チャンピオンであり
残り4キロでアタックして なぜか僕は 「いけー!後ろを見るな!」と言ってしまった。
あれがなければ 乗鞍2勝目をしていたのかもしれないレース

なんで叫んだのか・・・・(笑)

でも 掛けがえのない親友が出来たと思えば くれてやった(負け惜しみ)と思えば まぁいいや。

でも宮崎は 僕に名言を残した

photo

「獲らない方が幸せだった、追いかけている方が楽しくて幸せだった」と言い残し ヒルクライムレースの世界から居なくなった。

高岡は 頭も良いし 沖縄5回優勝という 天は二物を与えた
森本さんは 頭も良いが 乗鞍8回という これも 天は二物を与えた

宮崎は 頭も良くなく 乗鞍1回優勝という 天は二物を与えなかった
僕は カスで 乗鞍1回優勝と 天は二物を与えなかった。

この上記 二人と 下記の二人の違いである

上記の二人は何回も優勝を目指して 生活出来る
下記の二人は 1回でやり切った感があり その後、自分の成し遂げた事に 苦悩の日々を過ごす事になる

獲らない方が幸せだったという言葉は 獲った事がある選手が言える言葉であるけれど

追いかけている時間はとても楽しいものだ。


表彰式の時に 藤田さんに 「お前が追いかけないとレースが終わりだろう」と叱られている図。

他力本願な藤田さんには獲らせないと僕は心の底から思ったのだ

勝利は連れて行ってもらうモノではなく 自分で獲りに行く物だと思うので

ロードレース男子部の彼らに それを伝えようと 集団の前で前でで展開する事を教えているが
伝わっていない事が 歯がゆくて仕方がない

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高地が苦手は僕は ペンションのりくらさんの車を出してもらい 県境辺りに停めて(今は出来ない) ここで半日生活していた。

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今も変わらない 色んなフレームを持っているけれど
TREKですべて違うフレームで4台体制と言うのは 今考えても 凄かった。

お金と体力はあるうちに使っておけ。
44歳になって それは強く思う

体力勝負の事は若いうちにやっておいた方がいいよ。

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その当時の メーター周り
心拍ベースで 回転数を目安に走っていた。

なんとなく 宮崎のブログ 「コンドルになりたい」
http://condle1.blog.fc2.com/
と見ていたら 懐かしさで書いてしまった。

サイクリングしながら銀行とか 荷物を送ったりしてのんびりと走った

カメラを持ってサイクリング

構図を考えながら ISOもいじりながら。

トンネルの中は好きだ
その先に何がまっているのか? 通っている時のワクワク感がたまらないけれど
今は まだトンネルの中に居たい気持ちだ。

帰りに遠回りてのんびり走っていたら 笑い声が聞こえて その先に向かったら
和菓子屋さんであり 

お茶を頂き 

家族へお土産を二つ買った

そこのお好み焼き屋さん美味しいよと言われた時に 時間を見たら12時を過ぎていたので
一枚食べて行く事にした


先程のおばちゃんたちも食べに来ていた

おでんが美味しかった

タニーにピントが甘いと指摘される
でも構図は良いと思ったが(笑)

ここから見える風景が好きだ

ISOをいじるだけでも 青空の鮮やかさが違う

帰宅して 洗車して 梱包

カメラの先生 タニーに色々と指導してもらった


汚れていたので 身体を綺麗にした。

18時からローラー教室

20時からローラー教室

何かしら。

土曜日

実走スクール
ダンシングへの移行と 上半身と下半身との繋がりについて

3時間ほど

散髪へ行き 仕事へ

日曜日
新城でバイクナビのお仕事
今回はガチで走る事ではなく パトロールとして

総時間4時間半を走って終了

やっぱりレース会場の雰囲気はいいですね
蒸し暑い中 お疲れさまでした

月曜日

カメラの使い方が分からない
くすんだ写り方になってしまう。

朝40分 20キロサイクリングして帰宅

週末の仕事の準備

昼飯を作る

ハンバーグ

夕飯は作って貰った

少し戻る

水曜日 
何もしたくない いつもの東京出張のアレなんで 気にしないようにしている

ローラー 10分ぐらい

18時からローラー教室


20時からローラー教室

終わって銭湯へ

木曜日
雨予報でも走る

雨が僕の身体を洗い流してくれると思ったから

10分 274W

10分 274W 

意外と掛かって驚いた
掛ける気があったから。

いつも右折する所を 1本手前で右折したら 良いお店を発見

出来たてて美味しかった

55キロ 100TSS

SONY DSC

SONY DSC
SONY DSC

帰宅して 洗車

メカニックの仕事をしてから

ネットで買うのと 大差がないと思って エディオンへ

鈴木さんが居なくて 帰宅

16時からローラー教室

18時からローラー教室

20時からローラー教室

終わって銭湯へ

金曜日
心地いい疲労感でぐっすり寝れた

バナナをひたすらカットして 補充

カメラを再度買いに行って ネットよりも格安で購入出来た

ソニーの5100が小さくて扱いやすかったけれど
実物を見たら 6300の方がメタルボディで 撮影するぞ!って気になった

α7シリーズを手に取ってみたけれど あれはヤバい。
でもカーボンホイールよりも安いんだよなぁと 思ってしまった

昼寝して 358TVさんとYOUTUBU撮影

18時からローラー教室

終わって 気になっていた所を修正して
自重筋トレ

TOKYO

9日火曜日

朝5時起きて 1時間半のサイクリング

硬い筋肉を解しながら走った

伊織君と一緒に東京へ

チャリダーのスタジオ収録

18時のローラー教室のクラスに帰宅が間に合わず すみませんでした

20時からローラー教室

帰宅

7月5日金曜日から8日月曜日

旅に出てきました

430キロ 8個の峠を越えてきました
TSSは550ほど
疲労感はありましたが心は充実しましたとさ

色々とありましたが やっぱり自転車は楽しいと思える時間でした

カメラを落としてしまった
レンズも壊れてしまったので ワイドコンバーターというのを買った

広角が超広角になるワイドコンバーター

最終日は 締め切り時間も何もなく 安房峠をのんびりと走りました

フロントブレーキを多用したので どれぐらいディスクの面が減っているのか楽しみでした

1ヶ月ほどでここまで減りました
でもこの旅で減ったのが殆どだと思います。

帰宅したら旅の原稿を書きました
スラーっと書いただけで7000文字ほどでした。

旅に出る

4日 木曜日
レースも無いし 旅に出たくなり バイシクルクラブの山口さんにメッセージして
電話して 酷道の旅の撮影へ

1人で撮影しながら 旅をする

成田さんちまで 一日で辿りつけるかが微妙な所だ

旅は良い 疲れたら 自転車に乗って旅をするのが良い
またトレーニングしたくなるから

道が通行止めになっていないかの確認作業をしていた

自分の過去のブログを見直していた

相変わらず 誤字脱字が多いが 流れで読めてしまうから 楽しかった

自転車の事ばかりでなくて 5年の月日が 自分の人生ブログのようであり

自画自賛だが 読んでいて楽しいブログだと思った。

5年後に見直した時に 44歳の元旦が良いスタートと思えるだろうか。

30歳で松本から名古屋に戻ってきた時に 35歳で自転車乗っている事は想像出来なかった

35歳で40歳の時に自転車乗っている姿は想像できなかった

40歳の時は 50歳でも自転車乗っているんだろうなぁと 思っていた

55歳で 世界チャンピオンになっているだろうなぁと思う

60歳になっても自転車乗って まだトレーニングしているんだろうぁと思う

明日から また自転車乗って 自分と向き合ってきます

こういう時に書く 酷道の旅は 色々と考えていて それを記事にするから 面白いと思います。

自転車で走って 撮影して記事を書いて お金を頂く

やりたかった事をして それが仕事になっている事が 幸せだと思った


16時からローラー教室

18時からローラー教室

20時からローラー教室

終わってから 装備の見直ししていた

不甲斐なさ

6月26日 水曜日
富士スピードウェイへ移動して ライセンスコントロールに監督会議に出席し 試走へ

頭痛がするが 風邪でも引いたか?

明日が雨予報だけど今日は晴天

サーキットは雨が降るとオイルが染み出てくる

2周回走って 終わり

宿へ移動

ご飯が酷すぎた
全てが油で揚げてある

部屋も鍵もないし 猫の小便に匂いが満載でたまらなく 4泊の予定だったけれど
宿を変える事にした

27日

9時にコースへ移動して ピットで場所どりをして 少し寝た

3時間前から準備するが 空腹で走るように 4時間前にはご飯を食べた

13キロを3周回

雨が強くなり イナーメオイル CXを塗ってから レインジェルを体中に

中畑監督に イナーメオイルの小嶋さんが 付き添ってくれた
何となくこの二人がいつもそばに居てくれる気がした

1周回目は20分ほどで 290Wを維持していたが ぱったりと脚が停まり
2周回目は 応援してくれた方に お礼を言いながら
3周回目は またお礼を言いながら走った
トップから9分半遅れ

何も悔いはない

何とかなると思っていたが 何ともならなかった。

28日 金曜日

宿を変えて正解だった

ジュニアのレースを見に自走へ

色々なイベントを開催していたので 森本さんと参加

29日土曜日
朝飯を食べて 寝た

ローラー10分ほど乗って ストレッチを入念にして コースへ

ライセンスコントロールと監督会議に出たら
広美さんが2位と知り おめでとうを言いに行った

広美さんを見て 声を掛けたら なんだが泣けてきた

広美さんに2位おめでとうではなく 自分への虚しさからか 泣いてしまった

涙が止まらなかった
自分の老いを受け入れてしまった。

広美さんは 僕がTTに出る事で 自分も頑張らないとと思ったらしい。

たとえ どれだけWが掛かっていても 突っ込めない事や 何か 頭の線がプッツり切れないな事が多くて

それを一言で言えば 「老い」なんだろう

それを ここで走る事で 「まだやれるだろうと言う自分への期待感が崩れ去り 不甲斐なさだけが残った」

30日 日曜日

朝はおかゆにしてもらった

コースを1周回して レインジェルを塗りたくってスタート地点へ

1周回目で ビビッてしまい 後方へ下がり 上りで置いて行かれて 2周回目で 後ろから伊織君が来て
一緒に脚きりで終わり

危険と言われているコースで 生き残りまだ走っている選手もいる
僕はモニターでレースを見る側になる

伊織君は 「何も出来なかったぁ」と言うが 「何かしようとしていたのか?」と聞いたが

「下りが 位置がとか」 いつものように言い訳が始まったので

まだ走っている選手が居るなかで 千切れた訳だから 自分の弱さを認めた方が良いし
言い訳を言う方がかっこ悪いと。

自分は弱かった事を認めないと 次が始まらない

しょうこさんは 自分で選手名簿を作ってきていた

エイヤは楽しそうに走っていた

レースは終盤に3人の逃げ

幸也が 横塚の前からスピードを上げて 差が出来る
入部が横塚の後ろに居る時にスピードを上げた気がした

少しでも差が出来るようにという考えかな。

こうなったら 幸也はプロツアーレーサーの意地で引く
入部は勝ちにこだわる

これもレースだし 見ていて楽しかった

何が楽しくてここに来たのか?

来た分かった事も沢山あった

来て良かった事も沢山あった

過去の事はすべて忘れよう

今から出来る事を考えて 前を向いて走っていこうと思った

1日 月曜日

タイヤ貼りの仕事
タイヤは再度貼り付けで

リムセメントでベースを作る


5回 塗って


タイヤにも2回塗って


しっかり貼り付けました

工賃 1本 3000円です

ローラー20分

2日 火曜日
何もしたくなくぼけ~っとしていた


18時からローラー教室

20時からローラー教室


走りに行った

半島で また走ります よろしくお願いしますと言ってから走った

前から 俊介
1周回してから 一言言いたくて 会うだろうなぁと思って 見えてから Uターンして 俊介の後ろへ

付いたら 俊介が「後2分です!」と言うので 号令をした

終わってから 全日本で分かった事は 「若さはお金で買えない」と言う事だ

今 やり切ったと思っても まだやれる

若いうちに体力勝負な事はやっておけよと 言って別れた

80キロ
走ったら またトレーニングしたくなった

帰宅して三島さんとご飯

帰りに 米を買った

帰宅して シクロクロスマシンを整備した


サンボルトの防水財布を入荷しました

358TVさんで 防水財布を500個募集しましたが 今で15個の注文のみです

そんなに待てないから 普通の防水財布にサインしてくれればいいと言われたので
6個入荷して サインして購入してくださいました

18時からローラー教室

20時からローラー教室

ローラー教室に来てくれている若い生徒さんには とにかく若いうちに体力勝負の事はしておくようにと
口酸っぱく言いました。

TT前日に柿木さんに 44歳になって強くなる方法はありますか?と聞きました

その年までやったことがないから分からないけれど

筧君が その年でまだやっているのなら 自分でWトレーニングのバイブルを作ればいいんじゃないの?と

「商機」が見えました

それをやる為に まだトレーニングする意味がある事だし

実際にやってみて 当てハマる事があるしね

55歳越えたら シクロクロスのマスターズで世界チャンピオン

2021年のマスターズゲームで 世界チャンピオン

遠回りしたけれど もう迷いなく 進めるわ(笑)

これからも 色々とよろしくお願いいたします。